国際温泉評論家 山本正隆の世界ココシカ温泉談義
「ココシカ」TOP > 世界のココシカ温泉談義 > オーストリアの名湯 <バート・ガスタイン>

オーストリアの名湯 <バート・ガスタイン>
第33回
 オーストリア、ザルツブルク州の南部に位置するヘーエ・タウエルン国立公園内に、日本でも古くからその名を知られた温泉バート・ガスタインがある。北イタリアのドロミテからタウエルン・トンネルを通ってやってきた。
 
オーストリアの名湯 <バート・ガスタイン>
 
バート・ガスタイン(Bad Gastein)


 ドロミテのホテルで目覚めて外を見ると昨日まで赤茶けた壁をみせていた岩山が白くなっている。雪が降ったのだ。岩山の裾を覆う樅ノ木の森も濃い緑から白に変っている。標高は高々1,500mくらいのところでこの時期(5月末)雪が降るのは珍しいらしい。この日は国境を越えてオーストリアへ入り、オーストリアの最高峰であるグロスグロックナー(3,798m)を観てからオーストリアの由緒ある名湯バート・ガスタインへ行く予定だった。しかし宿の親父が親切にも電話を掛けて調べてくれて、山への道は昨夜の雪で通れないという。仮に通れたとしても、雨雲が低く垂れ込めているこの日は山の観光日和ではない。仕方なく山越えルートを変更してカートレインでタウエルン・トンネルを抜けることにした。
 ドロミテはイタリアの北端でオーストリアに国境を接していている。従って宿を出てから東へ向うとまもなく国境だが、互いにユーロ圏だからいつ国境を越えたか分らない。標識や看板からいつの間にかイタリア語が消えている。オーストリアに入って最初の大きな街リエンツでは、幹線道路が事故通行止めで、警官に指示された迂回路が細い路地で渋滞していた。渋滞といっても日本では珍しくない程度だったが、こちらのこういう田舎都市では珍しい。
 リエンツを抜けると山に入る。ヴィンクレルンという別れ道の町で珈琲ブレークをした。辺りの風景に似合わないモダンなカップだった。垂れ込めた雲は直ぐ上まで迫っていて、そこから登ってグロスグロックナーへ向うことの断念に躊躇はなかった。視界のある方向を選んでカートレインの駅マルニッツへ行った。トレインは一時間おきに出ているようだ。次の便までの40分で、駅のカフェでサンドランチをした。
 一台17ユーロの料金を払って車専用の貨車に乗り込む。スイスのレッチェンベルク・トンネルでは人は車に乗ったままで真っ暗の中を進むのであったが、ここでは貨車に車を停めると人は降りて前の客車に移動する。タウエルントンネルを北に抜けると直ぐにベックシュタイン駅である。トンネルを越えても垂れ込めた雨雲は山にかったままで、周りには昨夜の淡雪がところどころにまだ残っている。目標のバート・ガスタインへはもう5キロもない。車道はバート・ガスタインの駅前を通っているが、その向かいが目的にしていた温泉フェルゼン・テルメだった。
 バート・ガスタインはヘーエ・タウエルン国立公園の中にあり、かっては皇帝も訪れたという由緒ある温泉地である。格調高い多くのホテルがあるようだが、それらのホテル街は駅から谷間に少し下ったところにある。滞在の保養客は当然そういう温泉情緒の漂うホテル街で行くべきなのだろうが、温泉だけが目的なら温泉館に近いところがよい。フェルゼン・テルメの先隣にあるホテル・ゲーテホフに飛び込んで一夜の宿を乞うた。3つ星だが、閑散期だからか女将が一人で切り盛りしているらしく、フロントで声を出しているわれわれに気づいて出てくるまでに時間がかかった。しかし案内された部屋は小奇麗で文句をつけることはなにもない。ゲーテホフを名乗っているだけあって広間にゲーテの肖像画が掛けてあったが、実際にゲーテが泊ったわけではないらしい。
 
アルペン・テルメ


  ガスタイン谷にはバート・ガスタインのフェルゼン・テルメの他に、谷を車で10分ほど下ったバート・ホフガスタインという町にアルペン・テルメというもう一つの温泉館がある。山の観光を中止して早めに着いたから、温泉の梯子をしようと先ずは下のアルペン・テルメへ行った。見えてきたホフガスタインの町の中央にそれらしいドームを認めた。アルペン・テルメの標識に従って進むとそのドームの前の広い駐車場に着いた。規模の大きい近代的な温泉館だ。
 海外の温泉では、受付で料金を払ってから着替えて浴室に出るまでの仕組みで戸惑うことが多い。国際温泉評論家としては多くの体験を経てもうそんなことはないと自信を持っていたのに、ここでまた新しいロッカーキーのシステムに出くわした。受付で料金を払って腕時計型の電子キーを受け取る。そのキーで入場の回転ゲートは難なく通過できたが、ロッカールームで戸惑うことになる。ついに受付に戻って係員を呼んだ。
ロッカーの直径3センチくらいのつまみに緑の棒状の突起があり、それが縦になっているのが空のロッカーである。脱いだ衣服をいれてその突起に電子キーを当てると、突起が緑色に光る。光っている間につまみを右に回して突起を横にすると鍵が掛かるのである。開けるときは自分のロッカーの突起にキーを当てるとカチンと音がして突起が縦に戻って扉を開けることは出来る。間違ったロッカーにキーを当てると突起が赤く光る。
うまく表現できないので、これを読んでもよく分からないだろう。実際にはまごまごしていると辺りに現地の人がいる場合は教えてくれる。今回はたまたま人がいなかったので受付まで戻るはめになった。
  広いサウナエリアがある温泉館には大概温泉浴槽あるいはプールがある。サウナエリアは即ち裸エリアであるから、そこでは日本と同じように裸での入浴ができるので先ずそちらへ行くことにしている。ただ違うのは混浴だということだが、土曜の午後などでない限り目のやり場に困るようなことにはならない。ここにも屋外に2段になった円形のいい温泉浴槽があった。浴槽は黄を基調にしたデッキチェアとパラソルを配し、周りの山々を展望できる広い芝生の休息広場に続いている。十指を越える40℃から95℃までのサウナ室が屋内外に配置されている。屋外のサウナ室は一般にログハウス式が多いのだが、ここのは万博のパビリオンを思わせる箱型のものが、なんだか無秩序に4つ建っている。施設のデザインとしてはかなりモダンな感じだ。
   ガスタインの谷は雰囲気は大いに田舎だが、ザルツブルクから90kmと比較的便利のよいところだからか、ウイークデーにも拘わらず結構若い人も来ていた。サウナの儀式アウフグスの時間にはサウナ室は老若男女で満室になる。アウフグスはサウナシェフがサウナ室の上部の熱い空気をタオルで煽って客に吹きかけるもので、なんとなく神主によるお祓いに似ている。この日の神主は人気アニメ・ハイジのおんじに似たひげのお爺さんだった。慣れないと熱くて目が回りそうになるが、終わって外に出ると爽快になる。
  休息室で飲泉しながら一休みした後、水着エリアは一回り見学しただけで引き上げた。
 
フェルゼン・テルメ

 
 入浴後にビールと言うのは日本人の温泉習慣の一つである。医療を重視すると許されない行為かもしれないが、元気獲得の温泉では真に的を得た習慣である。ここでもアルペン・テルメからバート・ガスタインのホテルに戻ってビールで乾杯をした。次はホテルの隣のフェルゼン・テルメである。フェルゼン・テルメは44〜47℃の温泉を18の源泉から100万リットル/日と豊富に使っているという大きくて近代的な温泉館である。
ここのローッカーキーは下のアルペン・テルメと同じ方式だったので、もう迷うことはなかった。ここでも先ずサウナエリアへ行った。廊下を挟んで温度の異なるフィンランド(ドライ)サウナ、ミストサウナ、赤外線サウナなどが並んでいる。ちょっと離れたところにゾーラグロッテという塩分を含んだ空気に満たされた岩を直接掘った癒し効果満点の洞窟がある。
  ここのサウナエリアの売りはFKKテラス(fkk terrasse)という屋上だ。山に洞穴を掘った形のサウナ(屋上は山につながっている)、12℃と34℃の深い浴槽、デッキチェアを並べた休息広場があって、標高1,000mの空気と展望がほしいままに出来る。FKKとは裸文化と言うことだが、このテラスはサウナエリアの中だから、当然裸である。それなのにわざわざFKKと称しているということは、ここでFKKの快適さを再認識しろと言うことかもしれない。
 フェルゼン・テルメは谷の奥にあるためか、アルペン・テルメより客は少ない。FKKテラスは貸切り状態だった。おかげで羞恥を憶えたり目のやり場に困ったりすることもなくのんびりと展望露天を楽しむことができた。もちろんここフェルゼン・テルメには広い水着エリアがあるのだが、ここでも一回りの試浴だけで空腹感の解消へと引き上げた。
 
シュルンス村


 スイス、オーストリアと温泉巡りをしていてここバート・ガスタインに来たわけであるが、帰国便搭乗のためにチューリッヒに向う途中、シュルンス(Schruns)に寄った。オーストリアの東端フォルアールベルク州にあるシュルンス村は新潟県の元妙高村(現妙高市)の姉妹村である。わが温泉巡りツアーの仲間の多くは元妙高村燕温泉の常連たちである。定宿にしている岩戸屋の大旦那宮沢一英氏は元日本スキー連盟の理事で、かって選手を連れてシュルンスで大会前のトレーニングをしたことがあったという。そうした縁で妙高村とシュルンス村が姉妹村になったのである。岩戸屋に来ていたクリスマスカードで知ったツィンバ(Zimba)というホテルに飛び込んだが、大旦那の名刺のお陰で大歓迎を受けた。両村の交流でお互い何度も往き来をしているようで、ホテルのオーナ夫妻、支配人、近くの衣服店の女将など、皆さん大旦那のことはよく知っていた。
 シュルンスには温泉はないのだが、村の佇まいから周りの山岳景観など思いのほか美しいところで、ホテルのホスピタリティーも含めて、旅の締めくくりとして素晴らしい思い出を作ってくれた。
 




*