国際温泉評論家 山本正隆のココシカ温泉談義
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忘年温泉の旅 <伊豆> (2009~2011)

    
             忘年温泉の旅 <伊豆>

忘年温泉

 毎年師走にプライベートで行く温泉を忘年温泉と位置付けている。師走は何かと忙しいものだが、その分ちょっと息抜きもしたくなる。現役時代には会社や業界で温泉地での忘年会がよくあった。しかしそれはあくまで宴会が主の忘年会であって、温泉はつけたしである。宿に着くなり飲み始め、宴会の後は麻雀で徹夜し一度も温泉に浸からなかったという猛者が沢山いた。温泉好きにとってそういう忘年会では年忘れにはならない。だから暮れも近づいた休日に、プライベートでよく日帰り温泉に行った。みんなが忙しがっている時期だから、休日と言えども温泉が混んでないのが良い。多摩川源流地域の「ひので三ツ沢つるつる温泉」「小菅の湯」「蛇の湯温泉」などはそういう時に行った。ついでに青梅街道の柳沢峠を越えて甲州に入り「大菩薩の湯」とか「裂石温泉」で梯子湯をしたこともある。
 笛吹川の源流にある信玄の隠し湯で有名な「川浦温泉」にも何度か行った。川辺に降りるとワイルドな露天がありよかった。(現在は手が入って立派な造りになりその分風情がなくなった。)部屋に上がって昼食を摂ったこともある。その部屋の障子を開けると目の前が女湯で、ちらりと見えたりしてドキッとしたこともあった。甲州ではそのほか身延の久遠寺に仁義を切りながら、早川の上流域にある「西山温泉」や「奈良田温泉」へも日帰りで行った。
 しかし定年後の師走は大掃除やら年賀状書きを除いて、忙しいといっても知れている。いわゆる気忙しいだけである。だからこのところはウイークデーに一泊で近場へ忘年温泉に行くことにしている。


忘年温泉2009  堂ヶ島温泉

堂ヶ島温泉ホテル


絶景露天のある温泉はことのほか価値が高い。絶景の要素は一般に山と海であるが、その中でも海に沈む夕陽を愛でながら湯に身を沈める快感は筆舌に尽くしがたいものである。西伊豆は西側が海なので、海に面した露天があれば夕陽の絶景が望める。そのことに気づいて探してみたら堂ヶ島温泉ホテルの露天が条件を満たしていることが分かった。西伊豆へは横浜の自宅から150キロほどなので、特に構えなくても気軽に出かけることができる。今までなぜ行かなかったのだろうと思いつつ、ともかく東名高速に乗って出かけたのである。
沼津ICの出口が新しくなっていてうっかり迷ってしまった。沼津市内を南下し三津浜で海鮮ランチにした。そこからから堂ヶ島へは伊豆半島の西海岸を通った。途中に「恋人岬」というのがあった。覗いてみようと車を停めたが、岬まではかなりのアップダウンがありそうだったので止めた。どうやら年寄りの出る幕のない所らしい。更に南下すると「黄金崎」というのがあった。そこには岬に駐車場があって、労せずして碧い波が打ち寄せる黄金色の岸壁を覗き見ることができてよかった。
 堂ヶ島はそこから遠くはなかった。以前から西伊豆の松島などと呼ばれた景勝地だった堂ヶ島が、温泉地になったのは昭和37年(1962)に泉源が発見されたからだという。温泉を掘り当てた人が、そこに創ったのが「堂ヶ島温泉ホテル」だそうだ。だからこのホテルは元祖堂ヶ島温泉だけれども、まだ50年経ってない比較的新しい温泉ホテルである。大浴場は如何にもリゾートホテルの温泉浴室と言う感じだが、飲泉スタンドがあるし、つるつる感のあるアルカリ性源泉を掛け流しで24時間入浴になっているので評価してよい。
 露天風呂ブームに乗って、平成に入ってから庭の海岸縁に「渚の露天風呂」を造ったという。それで一段とこのホテルの価値が上がった。干潮時に海が割れるのをトンボロ現象といって世界的に珍しいことらしいが、堂ヶ島にはその現象が見られることで有名な三四郎島がある。その島を、豊富なお湯が注がれている露天の岩風呂に身を沈めたまま間近に望むことができる。海望露天としては最高のランクを与えて良い。ちょうどその島の向こうに夕陽が沈んだ。期待通りの風情だった。愛湯家としてこういう素晴らしい温泉をこれまで知らなかったことを大いに恥じた次第である。


参照      夕陽の絶景露天・堂ヶ島温泉ホテル

西伊豆は西側が海なので、海に面した露天があれば夕陽の絶景が望める。堂ヶ島温泉ホテルの露天風呂がその条件を満たしている。豊富なお湯が注がれている露天の岩風呂に身を沈めたまま海に沈む夕陽を眺めた。

河内温泉・金谷旅館の千人風呂

 西伊豆の堂ヶ島で忘年温泉をした帰りに、レトロな千人風呂として有名な河内温泉・金谷旅館に立ち寄った。本物の温泉が高く評価されるようになってこの方、この千人風呂は有名になった。愛湯家としては以前からに気になっていたのである。河内温泉には堂ヶ島から下田方面に標識を辿ると30分で着いた。有名だから看板があるだろうと旅館の場所も確かめずに走ってきたが、看板は目につかない。「お吉ヶ淵」という信号がありそこで新道と旧道に道が分かれていたが、老舗旅館と言うことだからと旧道を選んだのは正解だった。右側にゆっくりと走ってやっと目に付く金谷旅館の門があり、その少し先に駐車場の標識と矢印があった。
 金谷旅館は旅館と名乗っているだけあって、昔の旅館の構えをちゃんと保存している。バブルの時代に業者の甘言に乗ったりしてコンクリートのビルにしなかったのは高く評価してよい。名代の千人風呂は大正時代に作られたもので、総檜造りの浴室としては日本一の大きさなのだそうだ。師走の寒い日だったので浴室内はもうもうと湯気が立ち込めていた。脱衣室の篭で先客がいることは分かっていたが、どこに人がいるのか分からないくらいだ。そういう中にモダンな彫刻が何体か立っているのが不思議な感覚である。浴槽は丸太で仕切られていて、半分は立っておへそが隠れる深さだ。そこに40度弱の透明のお湯が掛け流されているのだから確かに気持ちよさは抜群である。弱アルカリ性の単純泉だそうだが湧出量が豊富のようだし、温度の異なる源泉のお湯をブレンドして浴槽の温度を調節しているという。
 この千人風呂は混浴だということだが、近年になって女性専用の檜風呂を造ったのだそうだ。やや小さめだが七割の大きさはあるそうだから差しずめ七百人風呂というところか。しかし千人風呂が売りだから女性は女性の脱衣室から扉を開けて千人風呂へ入ることができるようになっている。しかしその扉は千人風呂側からは開けられない仕組みになっている。来るときに扉に掛かっている鍵をもって来ないと千人風呂から女性専用風呂へは戻れない。鍵を忘れてくるという慌て者の美人がいたりすると面白いのだが。
 湯から上がって服を着ていたら、練習中のピアノが聞こえてきた。ピアノのある部屋を覗いたら弾いていたのはにっこり若女将だった。娘のピアノ発表会に親子で弾くプログラムがあるのだそうだ。若女将も子供の頃にはピアノを習ったことはあったのだろうが、それにしてもほほえましい光景だ。若女将が描いた大型の絵が旅館のあちこちに飾ってある。和風の旅館には似合わないと思えるモダンな絵なのだが、何故か違和感はない。パンフレットには若女将がお茶を点てている写真が載せてあるし、どうやら若女将は文化人らしい。千人風呂が有名でいろいろなメディアで紹介されているが、素敵な若女将のことに触れてないのがなんとも解せない。千人風呂はもちろん評価できたが、それよりも若女将に会えるならリピータになろうと心に決めて旅館をあとにした。


忘年温泉2010 土肥温泉

サイクル温泉・ゆーサロン

 西伊豆の温泉は夕日が美しいと勝手に決めて、この年は土肥温泉にしようと思った。しかしネットで宿を探していて「露天風呂付きの格安プラン」が見つかったので西向きかどうかの確認をしないままそこに予約してしまった。「海花亭いずみ」という宿である。
 箱根新道が無料化実験中だったので、東名厚木から厚木小田原道路を経由して箱根峠に登った。箱根方面へ行くとどうしても富士山を眺めたくなる。全く久しぶりにケーブルで十国峠の展望台に昇った。風が強く快晴ではなかったが、はっきりと富士が望めたのでケーブル料金の元は取れたと思った。その後も伊豆スカイラインを南下しながら富士の見えるところでは車を停めて振り返った。
 伊豆スカイラインの亀石峠から大仁へ下る途中の「サイクル温泉・ゆーサロン」に立ち寄った。一帯に競輪補助事業だという「サイクルスポーツセンター」という大きな施設があって、その中の端っこに温泉らしからぬ構えの温泉施設があった。しかし浴室まで行けばちゃんとした温泉で、特に露天風呂は立地も造りもなかなか雰囲気のよいものだった。源泉名は「伊豆嵯峨温泉」だが近くの大野というところに42.8℃の泉源があるらしい。弱アルカリの単純温泉である。2本の打たせがあるが、この日は風が強くて定まったところに湯が落ちて来ない。軽食コーナーでうどんを食べた。これが思いのほか美味で、サイクル温泉という珍奇な名前にも関わらず温泉に対する良い印象を強めたのである。

土肥温泉・海花亭いずみ

 大仁まで下って再度峠を越えて土肥温泉へ行った。土肥温泉はこれまでに車で何度か通過したことがある。田子の浦や清水からフェリーで来たこともある。「弁天の湯」に立ち寄り湯をしたこともあるし、磯料理のランチをしたこともある。それに象牙美術館なるところで、「楊貴妃入浴図」が描かれた大きな象嵌の屏風絵を観たことがあった。楊貴妃が入浴したのは西安の近くの華清池という温泉である。その華清池を今では日本に数ある美人の湯の元祖ということで愛湯家としは聖地と崇めている。だから屏風絵を観に行ったのである。
 土肥で有名なのは大きな花時計である。今回はそれを観に行った。しかし近くに若山牧水が海を見つめる銅像があった。若山牧水は温泉好きで知られているから、彼が逗留したということで温泉地の価値を高めようとしているらしい。伊豆の中心部にある温泉、例えば修善寺や湯が島などには多くの名のある文人が訪れたようだが、不便だった大正時代の土肥温泉にまで何度もやってきたのは牧水くらいだったようだ。花時計では温泉地のアピールが難しいのだろう。
 ネットで予約した「海花亭いずみ」は国道を南へ街を過ぎた辺りにあった。オーシャンビューの部屋はほぼ北向きで、富士山は達磨山の裾に隠れて見えないが、遠くに富士市に林立する製紙会社の煙突や、さらにその奥には雪を戴いた南アルプスの主峰北岳に続く山々が確認できる。北岳は日本で2番目に高い山だから、富士山が見えなくてもまあ良しとしよう。
 「露天風呂付きの部屋」というキャッチフレーズだったから、確かにベランダに木の浴槽が設えてあった。蛇口から出るお湯が熱くてしかも間欠的で、気が向いたときいつでも浸かれるようにちょろちょろと掛け流しておくというやり方が難しく、入る度に湯加減の調整が要る。部屋から裸で湯に浸かれるのはとても良かったが、湯加減の手間がかかり思ったほど快適ではなかった。それより大浴場の外にある露天が海を臨めて気持ち良かった。


参照      <元祖美人の湯> 楊貴妃の入った華清池----------------------
 

「美人の湯」の元祖は中国の西安の郊外にある。唐の時代、華清池という温泉で楊貴妃はその美貌に磨きをかけ、世界の美女に名を連ねた。華清池には今でも温泉が湧いており、往時を偲ぶことができる

持越温泉

 伊豆半島は丁度中央に南北に走るメインの道路、いわゆる天城越えの下田街道(国道136/414)が通っている。西海岸からそこに出るにはどこかで峠を越えなければならない。往路は土肥峠をトンネルで抜けて来た。復路は少し南の仁科峠を越えて湯が島へ出ようと思った。宇久須で左折して峠に向かったが、土砂崩れで通行止めの標識があった。あれでもと地元の人に尋ねたがやはり通れないという。仕方なく引き返し、大回りになるが松崎近くまで南下してから山を登った。この道は峠まで通じてはいたが、一台の対向車にも遭わないというかなりの難路だった。
 仁科峠からはくっきりと富士が望め、登りの疲れも癒された。湯が島へ下る途中の山の中に「持越温泉」というのがあったので寄ってみた。「もちこし来楽歩」という日帰り温泉館で「蒸し湯」が売りだったようだがそれはやっていない。当初99.6℃の湯が毎分81リットル出ていたのだそうだが、そのうち温度が下がり蒸し湯ができなくなったのだそうだ。露天も含めた普通の浴槽には弱アルカリ性の透明な湯が張られていて、温泉好きには何の問題もない。深い山中の辺鄙なところにある温泉なのに、目隠しが高くて露天からの展望はあまりよくない。それでもなかなか気持ち良い温泉だった。近々ボーリングをやり直して温度を上げる計画があるそうだ。
 湯が島に出て国道沿いの「狩の川屋」でランチに鮎定食を食べた。鮎料理が売りの食堂らしい。来楽歩の管理人が勧めてくれたのである。食後は三島に出て箱根越えで一気に帰宅した。


忘年温泉
2011 下賀茂温泉

 このところ忘年温泉は伊豆方面へ車で出かけている。東名を西に向かうと厚木辺りから正面に朝日に輝く富士が望め、旅を祝福されているような気分になる。中井PAを過ぎて坂を上り、大井松田ICに向けての下りでは一段と大きくなった富士が美しい。日本人のDNA の中には富士を愛でる遺伝子が受け継がれているらしい。車を走らせながら観るだけだは物足らず、昨年の忘年温泉では十国峠に寄って富士を愛でた。
 街に出たとき、立ち寄った書店で「日本絶景街道」(須藤英一:大泉書店2011)という写真集を見つけて買ってきた。もともとドライブは好きだから走ったことのある街道も多かったが、その中に伊豆の達磨山高原からの富士山の写真があった。修善寺から戸田へ抜ける戸田峠越えの県道からの写真である。40年以上前のことだが、車を買い替えたのが嬉しくて走ったことのある峠道である。富士を眺めた記憶は残っていなかったので今回通ってみた。
 峠の手前の県道脇にレストハウスがありその展望台からの富士は日本一だという。確かに駿河湾の海の向こうに裾野を広げた端正な富士の姿は素晴らしい。少々雲が浮かんでいたがそれがまたアクセントでよかった。平坦にみえる頂上の左端に毅立する剣ヶ峰がはっきりと認識できるのが良い。レストハウスのテーブルに就いてココアを喫しながら飽かずに麗峰富士の絶景を愛でた。
 戸田峠の手前で西伊豆スカイラインに入り気持ちの良いワインディング道路を山稜伝いに仁科峠まで南下した。無料の道路なのに車はほとんど走っておらず快適に飛ばせた。峠からは西海岸の宇久須に下りた。途中カーブでバイクが曲がりきれずに転倒したらしく、下からパトカーと救急車が登ってきた。昨年はこの道を下から登ろうとして通行止めだったのである。パトカーが登って来たからには道は通れると安心した。宇久須からは国道136を南下し、お昼には堂ヶ島のとある食堂で海鮮丼を食べた。そのまま松崎、雲見を通過して早めに「下賀茂温泉・伊古奈」にチェックインした。

下賀茂温泉・伊古奈


 忘年温泉は昨年、一昨年と西伊豆が続いたので、今年は南伊豆にしようと心に決めていた。ネットで探していたら、大層リーズナブルな価格で「特別企画:湯めぐりプラン」というのが見つかった。湯めぐりというのが気に入って迷わず予約したのである。旅館「伊古奈」は、下田の白浜神社の祭神「伊古奈姫の命」に因んで付けられた名前だそうだ。伊豆は火山地帯だから一帯を仕切っていたのは女神が多いという。「伊古奈」も美人女将が仕切っているということだったが、生憎出張中とかで不在だった。客が少ない時期だから営業にでも出ているのだろう。しかしフロントにはにっこり美人がいたし中居さんもにっこりだったので文句は言うまい。また、客が少ないからということで次の間付きの大きな部屋を用意しておいてくれていたのでなおさらである。
 部屋は二階だったから、先ず二階から出て行く露天風呂「銀河の湯」に浸かった。下駄を履いて外の石畳を少し登ったところに、森に囲まれたなかなか雰囲気の良い露天があった。自然の岩を巧みに配した湯船に、小滝を連ねた高い位置から高温の湯が流れてきている。寒い時期だから湯気がもうもうで、湯がどういう風に流されているのか奥の方は良く見えない。浴衣を脱いで2〜3歩で湯に足を入れることができるが、踏込付近の湯舟は適温になっているからすうっと湯に浸かることができた。塩分の強い透明のお湯である。伊豆は暖かいと見えて紅葉が未だ残っているし、朝には小鳥がしきりに鳴いていた。
 一階には露天風呂付きの大浴場があって、午後と朝で男女入れ替え制になっている。夕方入った方の露天は巨岩に囲まれていたが、朝方の方は緑に囲まれていた。いずれも雰囲気は悪くないが風情と解放感は「銀河の湯」には遠く及ばない。

河内屋の湯

 
「湯めぐりプラン」で予約していたから、近くの旅館「河内屋」へ連れていってくれるという。マイクロバスで送ってくれた。この辺りには豊富な湯脈があって、それに沿った約2キロの区間では井戸を掘ればどこでも高温のお湯が湧くのだそうだ。だから旅館は各々自家源泉を持っているが、泉質はどこも同じとのことだ。そういうなかで「河内屋」の売りは、90℃の源泉を「湯雨竹(ゆめたけ)」と名付けた冷却装置で適温にまで下げ、加水なしの夢の源泉かけ流しを実現したことだという。装置は実用新案だそうだが、製塩に使う枝条架装置と同じもので特に珍しいものではない。湯を冷ますだけに使うのが新案なのだろうか。とはいえ下賀茂の湯は舐めると苦みを感じるくらい塩分が強いので枝条に塩が析出するに違いない。ドイツのバート・デュルクハイムという温泉では、現実に食塩泉から枝条架装置で塩を作っていた。
 浴室は内湯の外に立派な露天があった。展望はないが、丸みのある大きな天然石を配したなかなか造りのよい浴槽だった。冷却装置の効果だろう。湯温が長湯できるややぬるめに設定されていたのが良かった。車で迎えに来てくれることになっていたが、近いのでぶらぶらと歩いて帰った。風は冷たかったが、塩分の強い湯に浸かった後だから体はぽかぽかである。途中に「不許藝遊客」と大きく彫られた古い門石柱のある山寺があった。温泉で歌など唄う人は参拝できないのだろうか。齢をとると声が出なくなるので最近は唄うことはないが、昔はお湯に浸かって気分が良くなるとよく唄ったものだ。

熱川温泉・高磯の湯

 翌日の帰路は国道136で下田へ出て、そのまま東海岸の国道135を北上した。東海岸も至る所に温泉が湧いている。海を臨む露天風呂としては北川温泉の黒根岩風呂が有名だが、混浴だからと連れが難色を示す。しかし少し南の熱川にも雄大な太平洋を望む「高磯の湯」があると聞いてそちらに寄ってみた。国道から温泉街に向けて下って行くと「高磯の湯」の幟がやたらと目につく。海岸に出て最後の幟の所に受付小屋があり、男女別の温泉は石段を下りて水を抜いたプールの脇を進んだところにある。海に直接降りることができそうな位置に、大きな石を並べて縁取った広い露天があり、真ん中に置かれた岩の中央からお湯が湧きだす仕組みが造られている。風もなく天気が良かったせいもあるが、一目見て五つ星を付けたくなるような雰囲気だ。先客の若者二人は丁度湯からあがって脱衣小屋で服を着ているところだった。だから絶景露天を独り占めである。つい「〽は~れた空・・・」などと鼻歌が出る。海の向こうには大島が浮かび、潮騒が聞こえるだけでなく湯舟に浸かったまま浪しぶきが見えるのも良かった。
 浴後は熱海・湯河原を通過し、真鶴で刺身定食を食べて家に帰った。夕方この日が終業式だったという孫娘がクリスマス・プレゼントのおねだりにやってきた。孫娘はあと二人いる。忘年温泉を済ませただけでは年を越すことができないらしい。

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