国際温泉評論家 山本正隆のココシカ温泉談義
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温泉に泊まりながら北東北の城跡を巡る旅(2011/5/13~17


   昔の仲間と一緒に温泉に泊まりながら北東北の古城跡を巡る四泊五日の旅をした。盛岡から反時計回りに日本海まで回って20の城跡を訪ね、金田一・小倉・男鹿・大湯・鉛と五つの温泉に浸かった。


温泉に泊まりながら
           北東北の城跡を巡る旅

温泉に泊まりながら北東北の城跡を巡る旅

 温泉に泊まりながら、城跡評論家先生のお供をして4泊5日で北東北の旅をした。東日本大震災から2か月経っていた。計画は正月から詰めていた。自粛の話もあったが、出かけることの方が支援になるという意見が勝り、新幹線も全線開通したことだし決行したのである。案の定旅館では「キャンセルの続出する中でよく来てくれた」と大変喜ばれた。初日に泊まった「金田一温泉」では、女将がわれわれの手を取って歓迎してくれた。
 旅の一行は共同所有している信州の山小屋の仲間8名である。みんな定年後の気ままな高齢者である。広島・大阪・京都・浜松・横浜・東京・足利と広い範囲から集まった。旅先ではよく「どちらから?」と尋ねられるが、皆さん驚かれる。このうち5名は、復旧したばかりの新幹線で盛岡まで行き、駅前で車を借りた。あとの3名は東京から車で東北道を飛ばし、2台の車は岩手山SAで合流した。
 城跡評論家先生は、現役時代に出張先の城跡を観たのがきっかけではまって行ったのだそうで、今では関西では少々名の知れた城跡探訪家らしい。既に三千にのぼる古城跡を探訪したというが、それでも全国の三万とも四万ともいわれる古城跡数からみれば一割に満たないという。特に東北地方は先生にとって空白域だということで、昨年の福島県に続いて今年は岩手・秋田をターゲットにしたのである。城跡の探訪は、「一戸城跡」から始めて、反時計回りに秋田・横手・遠野と回って、最後に「盛岡城跡」で締めた。全行程は940キロだった。先生の選んだターゲットのうち時間の都合で一つだけ割愛したが、それでも二十ヵ所の城跡を探訪した。概ねご満足いただけたと思う。盛岡城の傍で名物「わんこそば」を試みてから盛岡駅で解散した。
 さて愛湯家としてはターゲット城跡の分布をみて泊まる温泉を決めた。初日が「金田一温泉」、二日目に「小倉温泉」に立ち寄り「男鹿温泉」に泊まった。三日目は奥小安の「大湯温泉」それに最後は「鉛温泉」と計5か所の温泉に浸かったが、いずれも良い温泉でしかも初めてのところだったので大いに満足できた。

1日目 金田一温泉・おぼない 

大地震の後、運休していた新幹線が開通したので、盛岡まで列車で行ってレンタカーをした。泊まりは「金田一温泉」。盛岡ICから東北道に乗り、東京から自分の車でやってきた仲間と岩手山SAで合流した。八戸道に入って一戸ICで降り、先ずICからすぐのところの一戸城跡を探索した。続いて二戸にある九戸城跡を一回りした。やはり東北は春が遅いと見え城跡公園には未だ桜が咲いていた。九戸城が何故二戸にあるのか不思議だが、秀吉の奥州仕置に最後まで抵抗した由緒ある城だったそうだ。国指定だけあって土塁や堀は綺麗に整備されていた。
九戸城跡から金田一温泉は近かった。「おぼない」という割烹旅館に予約を入れていた。数軒の旅館があるようだったが大地震で休業している旅館もあるという。旅館組合に電話して紹介してもらった宿である。温泉地という雰囲気は感じられない田舎町の旅館だった。地震によるキャンセル続出の中でよく来てくれたと、女将は大喜びだった。
金田一温泉は南部藩の湯治場だったという由緒ある温泉だそうで33.8℃の湯が自噴しているという。宿の浴室は「侍の湯」「おかめの湯」と名付けられている。あまり大きくはないタイル張りの浴槽に、無色・透明の弱アルカリ性(pH7.8)の湯が張られている。源泉の温度が低いので加熱・循環はしているのだろうが、24時間入浴可能で、わざとらしさの感じられない良い温泉だった。
「おぼない」は魚屋がやっている旅館なので料理は良いというのが定評だそうだ。大地震で三陸の漁港は期待できないのだが、夕食に出たホタテは美味しかった。

2日目 三戸・大館・小倉温泉・男鹿温泉

翌朝出がけに、来訪を喜んでくれたにっこり女将と記念写真を撮った。女将が自ら焼いたという南部せんべいと庭で収穫したリンゴをお土産に貰い、この日の最初の目標である三戸城跡に向けて出発した。三戸城跡を訪ねてから西に向い、秋田に入って鹿角市で三つの古城址を探索した。大館で大館城址と隣にあった秋田犬博物館を観た。現役時代の同僚に秋田出身がいて宴会があるとよく秋田音頭を聴かされたものだ。「秋田名物、八森ハタハタ、男鹿でおがぶりこ、能代春慶、檜山納豆、大館曲げわっぱ・・・」という歌詞で「大館」は知っていたが、「曲げわっぱ」の店はみあたらなかった。続いて「檜山納豆」の檜山城跡も訪ねた。ここでは納豆屋を一軒見つけた。次は民謡には出てこないが五城目に「山内(さんない)城」を探した。戦国時代の古い山城らしいが城跡として整備されているわけではない。山に登るのに車をとめるところを探したが結局「小倉温泉」という温泉旅館の広い駐車場に駐めさせていただくことになった。そこで城跡探訪組と分かれて車の留守番ということで温泉入浴をした。愛湯家としては思わぬ拾いものをした思いだった。
 小倉温泉は戦国時代には傷病兵の治療で知られていたようだが、泉源から3キロを引湯して温泉旅館を営業してからは四~五十年しか経っていないという。あまり大きくはない浴室に変哲のない四角の浴槽がある。展望風呂と言えるほどではないが、田舎だから広い窓からは余計な建物などは見えないのが良い。pH8.8アルカリ性の冷鉱泉(14℃)だそうだから当然加熱・循環しているが結構つるつる感が保たれているので、十分に温泉らしさがある。
 一時間ほどで城跡探訪組は帰ってきた。そこからは真っ直ぐに干拓された八郎潟を突っ切って「男鹿ぶりこ」の男鹿温泉に向かった。
 道を走っていると「なまはげ直売所」という看板があった。男鹿半島の「なまはげ」の風習はTVなどでしばしば紹介されるので承知はしていた。しかしそれが売られているというので驚いたが、あいにく店は閉まっていた。気になって宿について尋ねてみた。なんのことはない「なまはげ」という名の野菜直売所だったのだ。宿は国民宿舎「男鹿」である。
男鹿は夕日が美しいというので、夕日の見える海岸のホテルに当たってみたが土曜日だったためか空室が足りなかった。大地震や放射能汚染の風評で客は少ないと甘く見て早く予約しなかったのが失敗である。来るところには客は来るものなのだ。国民宿舎に電話してみたら空き室ありだった。リーズナブルな料金というのも良い。宿は二階建てで、温泉は客室と同じ二階にあるので入浴には近くて便利だ。55℃・pH6.8の源泉かけ流しで、24時間入浴できるのが良い。

3日目 秋田・角館・大湯温泉
 
朝、目覚めの一浴をしたのち、朝食までの時間つぶしに男鹿半島の展望台「寒風山」へ登った。「なまはげライン」という信号のない道路を車で飛ばすと標高355mの山頂に20分ほどで着いた。半島の首根っこに聳える独立峰で、古い火山らしく大きな火口跡がある。展望台からは北と南に海が望め、東は干拓された八郎潟の田んぼが朝日を反射して光っていた。
 宿に帰って温泉で一浴してから朝食を摂った。宿を発って半島の西北端の入道崎の灯台へ行った。ここも地球の丸さを認識できる岬で、北緯40度のモニュメントがあった。美しい海岸美を眺めながら半島の西海岸をドライブし、三か所の城跡を訪ねてから秋田へ向かった。
 秋田のお城(秋田城址・久保田城址)を訪ねた後、角館の城山に登り街を睥睨した。睥睨は気分が良かっただろうが、上り下りには殿様も大変だったろう。街に下りて有名な武家屋敷を散策した。といっても車でゆっくりと通った。有名なだけあって良い雰囲気で、歴史保存地区にしては道が広いので車でも歩行者に迷惑はかけない。途中で車を停め名物おばさんが売っているアイスを舐めた。これをしないと角館観光は完結しないのだそうだ。お城で時間を食ったので横手城は翌日回しにして、予約しておいた大湯温泉に直行した。
 奥小安・大湯温泉の一軒宿「阿部旅館」は横手出身の友人の勧めである。湯沢からR398を栗駒山の方角に登って行くと小安温泉を通過してしばらくしたところの橋の袂に大湯温泉があった。「日本の秘湯を守る会」の提灯が下がっていた。客は素足(スリッパが無い)のままの宿だが、「お待ちしてました」と元気の良い秋田美人が部屋に案内してくれたので、まず印象はよい。
 外ばきのスリッパを履いて渡り廊下を少し下った大湯川の流れの傍に温泉小屋がある。川辺のあちこちで温泉が湧いていると見え、温泉小屋は湯けむりに包まれている。裸になってドアを開けると先ず小さな石板造りの浴槽のある内湯があった。源泉は98℃だというのに程よい湯加減にしてあった。どうやら昔は混浴だったのを半分に仕切った様で、お湯は壁の向うに続いている様子だ。
 さらに扉を開けて外に出ると磨き石でできた露天の浴槽があり、そこから石段を降りた渓流際に雰囲気の良い岩風呂があった。この岩風呂は、手前は膝までだが奥に行くと腰まで浸かる結構な深さだ。所々の腰掛用に四角な石が置いてある。川はかなりの急流で水が白い泡を立てて流れている。川音と共に温泉に浸かるのは露天風呂としては非常に価値が高い。良い温泉を紹介してくれたと友人に感謝である。
 宿の中にも24時間入浴できる内湯があった。洗い場の付いた浴室で、縁に板を張った長方形の浴槽がある。朝食の前に入ると広い窓から朝日が射して気持ちが良い。河原にも夏季だけ浸かれる天然の露天風呂もあるらしい。

4日目 横手・遠野・鉛温泉
 
 宿を辞して「川原毛地獄」を観に行った。途中「泥湯」をちょっと覗いた。泥湯も有名なだけあって湯量も豊富と見える。足湯も豪快な露天風呂もあった。道端の残雪が目立つようになった。峠を越えたら突然真っ白な「川原毛地獄」が現れた。地肌と残雪の区別はつきにくいのだが、近寄ってみると雪で中へは入れそうもない。温泉ファンとしては有名な湯滝を観ておきたかったのだがかなわない。道路もそこから通行止めになっている。引き返して湯沢に下り、高速に乗って横手城の探訪に向かった。
秋田の横手城を訪ねたあと高速に乗って東へ向かい、岩手に入って北上で「高館」という地元民も知らない山城を探索。遠野まで足を延ばし「鍋倉城址」へ行った。展望台があり遠くに早池峰山が見えた。花巻に戻って「花巻城跡」を訪ねた。
 花巻周辺は一大温泉郷をなしているが、その中で泊まりは小説「白銀心中」の舞台で有名な「鉛温泉・藤三旅館」を選んだ。小説はともかく日本一深い自噴天然岩風呂があることで温泉好きとしては気になっていた温泉宿である。この宿は旅館部と湯治部が繋がっており、湯治部には大地震の被災者が大勢避難してきていた。気の毒な限りである。
 気になっていた深い浴槽は「白猿の湯」と言う。白猿発見伝説のあるお湯で、開湯500年という由緒を誇る温泉とのことだ。廊下の引き戸を開けて地下室へ入る感じで階段を下りる。脱衣かごが置かれた棚がコーナーにあり、中央に小判型の浴槽がある。浴槽は確かに深い。信州・諏訪の片倉館の温泉も深くて立って浸かるのであるが、それよりも更に深い。宿の脇を流れる豊沢川の川底と同じレベルなのだそうだ。底の中央部に湯の湧き出し口があるらしい。底はやや波打っているが一番深いところでは立って顎が湯に浸かる。背の低い人だったら目まで浸かるだろう。深いということでいえば海外の温泉プールには深いのが多い。裸で入浴することで有名なドイツのバーデン・バーデンにも日本人には深すぎると思える浴槽がある。しかし海外の深い浴槽には浸かるために手すりのついた階段が付いていて、出入りは楽だ。「白猿の湯」にはそれがないので、出入りの際にあどけない姿になってしまう。因みに「白猿の湯」は混浴だが女性専用の時間帯がある。
 近くに「桂の湯」という男女別の温泉もあった。この湯は内湯の外に川沿いの露天風呂がある。この湯も開放的でなかなか雰囲気が良い。これらの他、湯治部には「河鹿の湯」また旅館部には「白糸の湯」「銀の湯」という温泉がある。これらは特に趣のある温泉ではないが、次々と梯子湯をして楽しむことができた。
 
5日目 盛岡城跡・わんこそば・解散

 盛岡へ向かう途中、北上川畔の小高い丘の上にある高水寺城跡に寄った。手入れされた公園になっていて、幼稚園児が大型バスで遠足にやってきた。さすがに盛岡城跡は大きい。形の良い立派な石垣が残っている。古城跡を巡る旅の締めとして申し分ない。もう一つの締めにお城の傍の店で名物「わんこそば」をいただいた。いい年をしているくせに100杯を超えてめでたく認定証を貰った者もいた。
 盛岡駅でレンタカーを返却し、解散した。

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