国際温泉評論家 山本正隆のココシカ温泉談義
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伊勢神宮へ初詣
      <参宮温泉>

参宮温泉

    「伊勢参り」は日本の旅の原点だという。古来より生活に多少なりとゆとりが出来てくると人は旅に出たがる。そういうとき「伊勢参り」は格好の口実になった。参詣を済ませると精進落としと称して温泉に寄り道して帰ったりしたそうだ。やがて旅と温泉は切っても切れない関係になってしまった。日本独特の特筆すべき文化になったのである。
 一方日本では生活にリズムを持たせるために、お宮参りを「初詣」という形で儀式化した。また儀式には格調というものがあって、略式で済ませることも多いのだが何かの時は格調高く行いたいという気になる。初詣も近所の氏神様で済ませても良いのだが、一年をより安寧に過ごしたいという気持ちが強くなると伊勢神宮に赴くことになる。かなり昔のことだが、仕事上のトラブルに巻き込まれボーナスカットを食らったことがあった。そのとき講じた対策が「伊勢参り」だったのである。日本では救ってくれるのは仏様で、神様は罰を与えるといわれている。トラブルに巻き込まれたのは何かの罰に違いない。神様にお賽銭をあげれば罰が当たらないで済むと考えた。同じ神様でも総元締めの伊勢神宮に行けば効果も大きかろうと考えるのはごく自然である。以来30年以上神宮の初詣を続けているが、都合で行けなかった年には大病をしたりしている。
 横浜に住んでいるので伊勢は日帰りの距離ではない。従って「伊勢参り」はれっきとした旅である。旅ともなれば温泉というのが日本の旅文化であり、いわんや愛湯家とあっては温泉を割愛することはできない。そこに「参宮温泉」という概念が生じるのである。
 
榊原温泉

 榊原温泉は清少納言が三名泉の筆頭として称えた「ななくりの湯」であるという説が有力なようで、そのことを売りにした温泉である。アルカリ性の単純泉なので「美肌の湯」とも称しているが、ひょっとして清少納言が美肌だったのではないかという妄想を抱かせる効果もある。三重県の山の中にひっそりと佇む温泉でありながら、奈良時代・平安時代から参宮時の潔斎の湯として賑わっていたというから、旅の中継点としていい位置にあったのだろう。
 現役時代には大阪で新年のあいさつなど仕事をしてから榊原温泉に泊まり、翌日神宮に参拝してから東京へ帰った。好い露天風呂があるというので「白雲荘」によく泊まった。温泉街からは少し外れた山の中の一軒宿で、当時は結構見晴らしの利く雰囲気の好い混浴の露天があった。何度か泊まったが、露天ブーム以前のことで混浴の恩恵には一度もあづかっていない。そればかりかあるときパンフレット用で美人入浴中の写真撮影でシャットアウトされた。それ以来「白雲荘」へは泊まっていない。ホームページを見ると浴室も露天もリニューアルされ、露天は混浴ではなく時間制になっているようだ。
 その他榊原温泉唯一の館内自家源泉を保有しているという「榊原館」にも泊まったことがある。結構大型の旅館で屋上に展望露天なるものがあった。展望とは言っても高さのある囲いががっちりと巡らされ解放感はあるが残念なことに景色は見えない。また1月の事だから屋上は結構寒い。
 榊原温泉はどの旅館も清少納言をキャッチフレーズにしているのだが、その中でそのものずばり「清少納言」という旅館がある。大阪から同行した同僚の選択でその「清少納言」に泊まったこともある。元湯とあるから自家源泉を持っているのかも知れないがお湯に変わったところはない。ちゃんとした内湯はあったが露天はない。
 
名張の温泉

 大阪から近鉄大阪線で伊勢に向かうと、榊原温泉より手前の名張にも参宮拠点となる温泉がある。絶景温泉というキャッチフレーズに釣られて香落渓温泉・青蓮寺レークホテルに泊まったことがある。大阪を発つときに電話を入れておいたら名張の駅に迎えの車が来ていた。駅の東南5キロ程の所にあるダム湖・青蓮寺湖を見下ろす高台にホテルがあり、湖を見下ろす展望浴室があった。確かに絶景である。冬場だから水位が下がっていたが、満水時なら更に絶景に違いない。当時は運び湯だと言っていたが、最近ホームページを見ると付近にpH9.7の泉源を掘り当てたということのようだ。浴室もリニューアルされ露天も出来ているようだ。「名香の湯」と洒落た名前も付けられている。
 名張駅の一つ大阪寄りの駅が赤目口駅で、関西では有名な「赤目四十八滝」の観光下車駅である。駅の近くに「湯元・赤目山水園」という温泉旅館がありそこを参宮拠点にしたこともある。なかなか造りの良い露天があった。
 
湯の山温泉

 四日市から近鉄湯の山線で鈴鹿の山並みに向けて15キロほど入ったところに湯の山温泉がある。温泉は8世紀には発見されていたというが、世に知られた名湯という訳ではなかった。温泉の裏山に当たるところに「御在所岳」という岩山がある。それが戦後間もなく(昭和25年)国体の登山競技の会場に選ばれた。全国から人が集まり、一躍「湯の山温泉」の知名度が上がったという。名古屋経由でお伊勢参りをしようとするとき、往きに泊まって好し、また帰りに休んでよしのいわゆる「参宮温泉」として適した位置にある。
 大阪を朝発って参拝を済ませた帰りに泊まったことがある。露天風呂が良いからと勧められたのが「新湯ノ山温泉・グリーンホテル」である。湯の山温泉の温泉街は「湯の山温泉駅」から更に3キロ程奥にあるが、ボーリングをして駅の近くにも泉源を見付けたらしく、「新湯の山温泉」と称している。ホテルには「なごみの湯」と名付けられた源泉かけ流しの雰囲気の良い大きな露天風呂があった。のんびりと精進落としの湯を味わうことができた。
 
鳥羽の温泉

 最近の若者は「パールハーバー」と聞くと鳥羽のことだと思うらしい。確かに鳥羽は真珠を売りにしているから無理からぬことだ。高速道路が繋がっていなかった頃、車で伊勢にお参りしようとすると、伊良湖からフェリーで鳥羽へ渡るのが便利だった。だから宝飾品に興味のない無粋な人間にとって、鳥羽は単に参宮ルートとしての位置づけだったのである。鳥羽に温泉があるなんてことは考えていなかったが、「あるんだよ」と教えてくれた人がいる。鳥羽に温泉があるなら神宮は近いし絶好の参宮温泉ではないか。<o:p></o:p>
 参宮温泉として鳥羽に最初に泊まったのは近鉄の鳥羽駅から高台に登ったところにある「芳扇閣」である。7階に鳥羽湾を望む大浴場があり、また7階から山に出ると造りや雰囲気の良い庭園露天があったりしてなかなか良かった。山本周五郎の作品に因んで「扇野温泉・初蕾の湯」などと名前は凝っているのだが、惜しむらくはお湯は榊原温泉からの運び湯である。<o:p></o:p>
 海辺にある「鳥羽国際ホテル・海路亭」にも泊まった。「国際ホテル」と付くと、温泉は日本の文化だと思っている身としてはちょっと引けた気持ちになる。ホテルとしては立派な宿なのだが、温泉として「美鳥羽の湯」などと称する造りのよい露天があってもリピータになる気にはなれなかった。
 全国に「かんぽの宿」というのがあり、その多くに温泉がある。「かんぽの宿・鳥羽」にも温泉があるというので参宮温泉にどうかと思い行ってみた。伊良湖から乗ったフェリーが鳥羽港に入って行くと、正面の高台に4階建ての「かんぽの宿」が聳えているのがみえる。その日は鳥羽に上陸してから先に神宮の参拝を済ませ、また鳥羽に戻って来た。宿に着くと早速温泉である。最上階に「潮香の湯」と称する大浴場があった。船から建物が見えたくらいだから、鳥羽湾の展望には素晴らしいものがあった。
 
鳥羽浦村地区の温泉

鳥羽の中心から海岸沿いに10キロ程南へ下がったところに浦村町というのがある。そこに平成元年、泉源を掘り当てて造った高級温泉旅館「サン浦島・悠季の里」がある。現役だったころ、外人に日本の優れた文化を判らせるには参宮と温泉に限るとの考えから、アメリカ人とイギリス人を案内したことがある。彼らは奥方へのお土産にと真珠には興味がありそうだったので鳥羽周辺の温泉を探した。そして見つけたのが「悠季の里」だったのである。温泉は内湯も露天もなかなか凝った造りになっていた。外人にはタオルを頭に載せて湯に浸かるという入浴マナーを教えた。部屋にも陶器で出来たつぼ湯が設えてあった。
浦村は牡蠣の産地として特に地元では高い評価を得ているという。その牡蠣養殖をやっている水産会社が直営の「ホテルよしかわ・海喜園」。これが温泉で、しかもリーズナブルな料金で美味しい海鮮料理が食べられるということをネットで探していて知った。海岸の高台にある素晴らしい立地の一軒宿である。温泉は約20キロ離れた桜山温泉という泉源からの運び湯である。しかし見晴らしが良く造りも良い露天が貸切で使えるのと、展望内湯は24時間入浴できるし温泉として評価してよい。料理も気に入って参宮温泉として近年三度も訪れた。
 

浜島温泉

 今年の参宮温泉を何処にしようかと思っていた矢先に、浜島温泉の「夕雅」というホテルからダイレクトメールを貰った。どうしてかと訝しく思いよく調べてみたら、以前やはり初詣で2度ほど泊まったことのある「石亭」というホテルの経営が変わって「夕雅」になったことが分かった。名前が変わっても宿泊者名簿は引き継がれていたらしい。リーズナブルなプランが載ったので、せっかくだからと行ってみた。
 海岸の高台に建つホテルで、オーシャンヴューの部屋からも露天風呂からも絶景の夕陽が売りのホテルなのだが、あいにくこの日は小雨のぱらつくどんよりした空模様で打ち寄せる波の音だけが寂しく響いていた。ホテルに目立った変化はなかったが、露天風呂には「つぼ湯」と称する陶器の大桶が設えられていた。つぼ湯は浸かってしまえば気持ちが好いのだが、手拭いで前を隠す習慣のある人には、他に誰もいなければいいのだが、出入りに勇気が要る。
 アンケート用紙があった。気になったことを2~3書いておいたが、最後の「この宿を人に勧めるか?」という問いにはYesとしておいた。神宮から30キロで参宮温泉としては良い立地だからである。温泉好きからみても展望露天は評価できる。
 
参宮の帰りにもう一泊
 
 現役時代には仕事を絡めて神宮参拝をしていたが、定年後はもっぱら車で一泊二日の参宮旅行をしている。しかし天気が悪かったり寄り道をしたりしたときはもう一泊したくなる。そういう時に泊まった温泉は犬山温泉、三ヶ根温泉、三谷温泉などである。
 
犬山温泉・白帝の湯(名鉄犬山ホテル)

「犬山城」は姫路城・彦根城・松本城と共に僅か四つしかない国宝の城の一つだが、その中でも最も古く由緒正しい城だそうだ。織田信長の叔父が築城したという。古い仲間の一人に関西では名の売れた古城評論家先生がおり、その男と旧交を温めようとすると仁義として国宝の城くらいは観ておかなければならない。他の三つはつとに観ていたが、犬山城だけは未だ訪ねたことがなかった。調べてみると城下に温泉があるという。それならばと伊勢参りの帰りに寄り道をした。
城の直下に温泉ホテル「名鉄犬山ホテル」があった。チェックインを済ませてから、ホテルから10分はかからないという国宝「犬山城」に上った。確かにすぐ近くだが、登りはきつくて急いでは登れない。犬山藩は3万石程度の小藩だったようで、城の規模は大きくはない。天守の石垣が天然石の野積み方式で、古い城だったことがわかる。天守に昇ると濃尾平野もなかなか広いということが分かった。北側は水堀の役目を果たしている木曽川だが、その上流方面には晴れていると御嶽山が望めるということだ。
犬山城は、長江上流の河岸に建つ城を詠った李白の詩に因んで、別名を「白帝城」というのだそうだ。名鉄犬山ホテルには、その城名に因んで「白帝の湯」という温泉がある。ホテルの敷地内に平成7年に掘り当てたという源泉があり、20℃の透明でpH8.5のアルカリ性単純泉が湧出しているという。部屋から浴衣で一階に降り、長い渡り廊下を通って浴室に行く。浴場の受付でタオルとバスタオルを受け取ってから脱衣所に入るという仕組みだ。内湯から外に出ると大きな人工の滝がある庭に、2本の打たせを設えた造りの良い露天があった。打たせの湯を肩に当てると運転の疲れも取れる。美人の湯を謳っているだけあってなかなか魅力的な温泉だった。
 
三ヶ根温泉・かんぽの宿

神宮(伊勢)へ初詣に行った帰りにもう一泊して、ついでに豊川稲荷へのお参りを思いついた。蒲郡地区には温泉が沢山あるが、土曜日だったためなかなか思うような温泉宿は見つからなかった。あちこちに電話して、三ヶ根温泉・かんぽの宿で部屋がとれた。
伊勢湾岸道路の豊明ICで降りて国道23号線バイパスを蒲郡へと向かう。途中で降りて¥410を支払う三ヶ根スカイラインを通らなければ宿に着けない。宿は三ヶ根山の頂上に近い標高300mのところにありに、眼下に三河湾を望む絶景ポイントにあった。温泉も露天はないがガラス張りの展望風呂である。源泉は28℃と低いので加熱・循環でおまけに加水もあるというからいただけないが、「つるつるの湯」と称しているだけあってお肌つるつる感は十分である。温泉成分表にPh値は表示されていないが「ナトリュウム炭酸水素塩泉」で弱アルカリ性とある。しかしこの温泉の売りは展望である。豊川・豊橋方面の夜景もいいが、朝のご来光も素晴らしい。フロントに明朝の日の出は6:48との表示がしてある。ちょうど三河湾を隔てた渥美半島の付け根辺りから日が昇る。時間になると客が浴場に集まる。太陽が頭を出すと湯に浸かったみんなの顔がぱっと赤く染まる。至福の瞬間である。
豊川稲荷は宿からは30キロ程だ。豊川ICから東名に乗って帰るとするとちょうど帰り道になる。三大稲荷の一つだけあって境内も広く立派なものだ。狛犬さんならぬ「おきつねさん」が参道の両脇に立ってはいるが、伏見稲荷を始め一般のお稲荷さんと違って黒が基調で朱色は一切使われていない。境内の中に「妙嶽禅寺」という立派なお寺があることからみると神仏混交かもしれない。
豊川ICから東名に乗って一路帰宅の途についた。快晴で袋井辺りから前方にちらちらと真っ白い富士がみえる。富士川SAでランチしながらの富士はまた格別であった。


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