国際温泉評論家 山本正隆のココシカ温泉談義
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南九州温泉の旅 <人吉・霧島・塩浸> (2012.04)
  福岡を午後発って人吉温泉に泊まり、翌日はえびの高原をドライブしながら霧島で立ち寄り温泉をしたり霧島神宮に参拝したりしながら鹿児島空港へという旅だった。
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南九州温泉の旅  
                             
<人吉・霧島・塩浸>

人吉へ


 所用で福岡へ行ったとき、私の温泉好きを知っている知人が、南九州を案内してくれた。福岡を発って人吉温泉に泊まり、霧島で立ち寄り温泉をしてから鹿児島空港へというプランである。
 所用は午前中に済ませ、午後福岡を発った。昨年開通した九州新幹線に乗ってみたくて、博多から熊本までは「つばめ」に乗った。木製のシートが良い。熊本からは車で高速道路経由である。JR肥薩線で行く手もあるが便利はあまり良くない。車だと人吉にインタチェンジがあるし、高速道路は山の中に沢山のトンネルを穿って直線的に走っているから速いのである。
 日本三大急流で名高い球磨川の中流域にある城下町・人吉。辺りは広い盆地になっているので川幅は広く流れは緩やかである。市街地の周辺に温泉の源泉が点在していて、温泉旅館や共同浴場はそれぞれ泉質の違う高温の自家源泉を持っているという。だから結構古くから知られた温泉地でありながら、旅館が集中したいわゆる温泉街が形成されているわけではない。

人吉温泉 <元湯>

 人吉温泉で温泉巡りをするなら先ずは「元湯」に仁義をきれといわれた。日本百名城の一つだという人吉城の城跡地区にある公衆浴場である。「鶴瓶の家族に乾杯」というNHKの人気旅番組があるが、最近放映されたものの中に人吉を訪ねたのがあった。その折ゲストの元大関「魁皇」が浸かったという温泉である。入浴料金が二百円と安く、朝は六時から開いているというもっぱら地元民の憩の場なのだが、NHKのお蔭で観光客が押し寄せるようになったという。
 中央に番台があって男女が左右に配置されているいわゆる銭湯方式の温泉である。魁皇が浸かるとどっと湯が溢れただろうと思える小振りの浴槽に、透明の熱い湯が掛け流されている。四十三度はあろうか。浸かるときは息を詰めなければならない。それでも浸かってしまえば気持ちいいし、上がればさっぱりする。
 近くに魁皇が立ち寄って試飲をしてにっこりしたという焼酎蔵があった。人吉はいわゆる球磨焼酎の本場である。九州の南部は気候の関係で日本酒の醸造は無理なのだそうだ。だから焼酎なのだがここのは米焼酎である。人吉は水が良いということだが、広い盆地なので同時に米どころだったのだろう。
 人吉城歴史館にも寄ってみた。城主の相良氏は鎌倉時代から明治まで三十五代も続いたというから大したものである。昨今大会社や老舗がつぶれたりする状況からすると、相良家はよほど危機管理に優れていたのだろう。関ヶ原合戦の折には毛利側から徳川側へとうまく立ち回った家老がいたとか。
 歴史館でいろいろ話を聞いて「青井阿蘇神社」も訪ねた。この神社は珍しく国宝だそうである。国宝の神社は少なくて九州では二つしかないということだ。珍しいのはそれだけではない。山門や拝殿の屋根が茅葺であることだ。茅葺の国宝は唯一のものらしい。

人吉温泉 <あゆの里>

 日本の三大急流といわれている球磨川も、人吉まで遡ると盆地の中を川幅も広くゆったりと流れている。いかにも鮎が釣れそうな清流であるから、その川岸に建つ温泉旅館「あゆの里」は辺りの風情にぴったりの名前を付けたものである。戦時中田舎に疎開をしていて、年上の従兄に連れられてよく川に鮎捕りにいったものだ。「あゆ」と聞くとそうした思い出が甦る。それだけではない。「あゆの里」の美人女将は昨年度(2011)の「全国旅館女将サミット」で委員長を務めたという。委員長になるには美人であることは無論の事、人柄がよくてしかもしっかりしていなければならない。地域の女将会の会長をしたり外交もできる人である。その前の年のサミットでは福島・穴原温泉「吉川屋」の女将が委員長だった。彼女は大震災の後も復興に活躍している。人吉では震災の経験を踏まえて「危機管理」に関する講演をされたとか。先日福島へ行ったとき女将からその話を聞き、「あゆの里」のことも聞いていたのだ。そういう訳で「あゆの里」に案内されたとき何か縁を感じたものだ。
 チェックインするとロビーでウエルカムドリンクが出るが、そこにいきなり焼酎がでたのには驚いた。人吉は有名な球磨焼酎の産地である。市内に沢山の焼酎蔵があるという。昨今全国的に焼酎好きが増えたこともあり、確かに客に人吉を強く印象づけるもてなしかもしれない。
 温泉は三階と五階にあって午前と午後で男女が入れ替わる。いずれも内湯の外のいわばベランダに大小二つの露天浴槽がある。川沿いだから眼下に球磨川の清流がながれ、向かいに人吉城跡を望む展望露天である。自家源泉だという炭酸水素塩泉という弱アルカリの透明の湯が掛け流されている。
 八階の部屋にもベランダに檜風呂の露天があった。掛け流されいるお湯はちょろちょろだが、かき回わさないとはいれないくらいに浴槽の上部は熱い。源泉はかなり高温らしい。展望も抜群で24時間浸かれるのが温泉好きには何よりのもてなしである。

硫黄谷温泉 <霧島ホテル>

 温泉の豊富な九州の中でも、霧島地区はとりわけ名湯の多い地域だという。人吉からの帰り、鹿児島空港から飛ぼうと、えびの高原から霧島温泉郷を縦断した。高原に登る途中に「白鳥温泉」が湯けむりを上げていた。霧島山群の主峰・韓国岳が見え始める辺りは「えびの高原温泉」である。道は下りになって「林田温泉」を過ぎ、道の脇に激しく湯けむりを上げている噴気地帯の先に、お勧めの立ち寄り温泉「霧島ホテル」があった。
 霧島ホテルの温泉は「硫黄谷温泉」という。庭園大浴場というのが売りで、「天下の名泉」という大きな看板を掲げた天井の高い巨大な温室のような造りの浴室になっている。奥の高い位置から大量の源泉が二段の滝になって注ぎ込まれており、中央部には噴水が高々と上がっているし脇には数本の打たせもある。「立ち湯」と表示されているだけあって胸までの深さだ。大浴場は混浴なのだそうだが、白濁した硫黄泉だから深いお湯に浸かってしまえば中は見えない。今日まで問題なく混浴が保存されている訳が分かるような気がする。
 大浴槽の周りには明礬泉や鉄泉などの小浴槽が配置されている。13もの湯があるのだそうだがとても全ては回りきれない。また外に出ると男女別の露天岩風呂がある。中の巨大浴室に比べて小さいのだが造りはよい。このホテルに訪れたという与謝野夫妻に因んで、「鉄幹の湯」「晶子の湯」と名付けられている。坂本龍馬・お龍夫妻もいわゆる新婚旅行の折にこの湯に浸かったという。浴槽に名前は付けられていないが玄関にはお二人の等身大の立て看板が立てられている。
塩浸(しおひたし)温泉

 霧島ホテルから少し下った所に丸尾滝という結構形の良い滝があった。展望台もあったので車を停めて写真を撮った。上流に湧出する豊富な温泉を集めているので水はけっこう温かいらしい。滝壺に浸かって行をしている御仁がいたがぬるま湯に浸かってはたして修行になるのだろうか。
 更に下って霧島神宮に参拝した。霧島神宮は天孫降臨の地といわれる高千穂峰の山腹にあって、日本肇国の祖神とされる瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を祭神として奉る由緒と格調を誇る神社である。確かに大鳥居から社殿に向かう参道の雰囲気も良く社殿の構えも立派である。やはり霧島を旅するなら仁義を切る必要があるだろう。
 神宮の近くのこだわり蕎麦屋でお昼をした。蕎麦好きが高じ、脱サラをして別荘地を買っておかみさんと二人で蕎麦屋を始めたのだそうだ。「古式手打」を売りにしている。信州・戸隠から仕入れる蕎麦粉だそうだが、それをつなぎは一切使わずに水だけで捏ねるのを「古式」と呼ぶのだそうだ。
  霧島神宮から鹿児島空港へ向かう途中にあるのが、坂本龍馬がお龍さんと日本初の新婚旅行で滞在したという塩浸温泉。えびの高原に端を発し、細かく蛇行しながら錦江湾に注ぐ新川(天降川)の中流域に湧く新川温泉郷の最上流にある。辺りは新川渓谷といって狭い谷になっていて、その谷底を国道223号が走っている。その国道脇に10台ほどの車が入れる駐車場があり、橋を渡った向かいに「塩浸温泉龍馬公園」がある。ちょっとした狭い河岸段丘に足湯、龍馬資料館、売店それに龍馬が湯治したという源泉を掛け流した温泉館がある。どちらかといえば温泉よりも龍馬を売りにした施設である。今では宿泊施設などはないが、当時は数軒の温泉宿が並ぶ湯治場だったようだ。川岸に龍馬とお龍が混浴したという小さな露天風呂があり、橋の上から覗くことができる。現在でもその露天にお湯は溢れていて、たまに浸かりに行く無鉄砲な人もいるらしいが、石垣を下りるのは危険だし、橋から丸見えなので入浴は無理である。
 当然温泉には入ってきた。資料館や売店には結構人は集まっていたが、温泉には興味がないようだった。ただ一人先客がいて、温泉が良いから毎日くるという地元の人だった。浴室には「塩浸の湯」、「鶴の湯」と源泉の異なる二つの浴槽があった。
   
 予約していた羽田便までに少々時間があった。塩浸温泉のしも手に日の出温泉という立ち寄り温泉館があり、川端に別館の喫茶店があった。その雰囲気の好い店で時間をつぶしてから空港へ向かった。空港はそこから近くて僅か15分ほどで着いた。温泉の旅にはなかなか便利の良い空港である。気分よく帰路についた。新緑が映える南九州の旅であった。

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