国際温泉評論家 山本正隆のココシカ温泉談義
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北九州温泉の旅 
                        <武雄・南阿蘇・湯布院・周防大島>

武雄温泉・御船山観光ホテル

 墓参に郷里広島へ帰ったとき、入院中の伯母を見舞いに長崎まで足を延ばした。広島では自分と連れ合い両方のお墓に参ることになるが、墓地が離れているので新幹線で行った場合はレンタカーで回ることにしている。そうして借りた車で、今回は長崎まで走ったのである。広島から長崎までは400キロ程で、高速道路が繋がっているしトラフィックも多くないのでスムーズに走れ、僅か5時間で着ける。
 病院で思いのほか元気な伯母を見舞って安堵した後、武雄温泉へ泊まりに行った。長崎からは嬉野温泉の方がやや近いのだが、嬉野は何度か泊まったことがある。ネットで探して武雄の方に予約を入れておいたのだ。「御船山観光ホテル」といって鍋島家の別邸を移築したというのが売りの宿である。昭和天皇もお泊りになったというから格調高い。温泉街の外れにある御船山という標高200米の岩山の中腹に位置していて静かな佇まいだった。
 先ず「らかんの湯」と称する大浴場に浸かった。澄んだお湯が張られた長方形の内湯の外に岩風呂の露天があった。源泉は35℃というから加熱はしているのだろうが、pH9.1の強いアルカリ性だからつるつる感十分の美肌の湯である。貸切露天風呂付きのプランだったので、連れだってそちらへも浸かりに行った。解放感には乏しいが石造りの角形の湯舟がひっそりと半露天の形で雰囲気よく造られている。
 翌朝ホテルと同じ敷地といえるところにある「御船山楽園」を散策した。武雄領主・鍋島様によって造園された15万坪の回遊式庭園で、ピンクのねむの花と池に浮かぶ睡蓮の白い花が印象的だった。武雄温泉は1300年の由緒を誇る名湯だということで、温泉街の中心に建つ「楼門」が町の象徴として重要文化財に指定されている。これを観ないと武雄温泉に浸かったことにならないそうだから、帰りに寄った。宿からは車で5分ほどのところだった。
 
南阿蘇温泉・夢しずく

 連れが阿蘇山を観たいというので、長崎の伯母を見舞った後、熊本へ向かった。熊本には息子が単身赴任していて、週末は案内してくれるという。梅雨のさなかにやって来たのだから仕方ないことだが、高速に乗って熊本に近づくにつれ大雨に遭った。水前寺公園の近くにある息子のアパートで暫く雨宿りしたが、小降りになったので先ず熊本城の見物に出かけた。
 市内のバスターミナル辺りに駐車して、お城に向かって歩いて行くと堀の手前に甲冑姿の「加藤清正像」があった。熊本城は400年前に清正が築いたという。櫨方門から入ってかぎ型に石段を次々に登って天守閣の建つ広場に出た。規模の大きい城だからいい加減息が切れる。何段にも築かれた石垣の造りは、さすがに名城だけあって素晴らしい。天守は西南戦争で焼失して戦後に復元されたものだから昇るのは割愛した。
 国道57号を阿蘇に向かった。途中からは阿蘇外輪山を縦走する形の「ミルクロード」と名付けられたドライブウエーを走った。しかし文字通りミルクミストの中で、辺りは緑の牧場らしいことは分かったが、それ以上の事は何もわからないまま大観峰の展望台に着いた。あれでもと期待した展望も叶わず、一旦国道へ降りてから引き返して阿蘇に登った。しかし火口付近は濃い雲の中で、道路も閉鎖されているし、火山博物館も閉館間際でなすすべなく「阿蘇パノラマライン」を一気に降りて温泉に駆け込んだ。
 予約しておいてくれた宿は「ホテル夢しずく」。南阿蘇村の林の中にモダンな建物があった。大浴場の露天から阿蘇五岳のパノラマを望むことができるというのだが、山は雲の中だったのだから叶わないことだ。展望は無くてもなかなか凝った造りの温泉だった。48℃、pH7.8のナトリュウム・炭酸水素塩泉で、阿蘇のイメージからみると優しいお湯がたっぷりと掛け流されている。露天は二段構成になっており、上段には屋根がついている。疑似巨岩を組んだ柱やサウナ小屋がある。
 翌朝は男女が入れ替わっていて、湯舟の構成は同じだが露天スペースが竹林になっていて解放感は高い。しかし昨日と同様、雲で山は見えなかった。こうした大浴場とは別に部屋のベランダに小さい半露天があった。釦を押すと適温のお湯がどっと注がれる仕組みで、湯舟に八分方溜まったところで自動的に止まるようになっている。外の庭には大きな池があって、その背景におそらく阿蘇五岳が望めるのだろう。湯に浸かって阿蘇の噴煙の彼方から昇る朝日を拝みたいという願望は満たされなかった。
 
由布院・湯布院荘(HONDA健保組合)

 観光の旅では「名所・旧跡」を巡り感動を覚えることになっている。しかし雨天の場合、特に景観が中心の名所では感動はおろか失望を覚えることになる。昨日の阿蘇がそうだった。今日になっても雨が続いている。こういう場合、天候による感動の強弱の差が小さい観光ポイントを選んで巡るのがよい。それができるのが個人旅行の魅力である。
 南阿蘇から阿蘇の外輪山を越えて高千穂へ向かった。阿蘇が形成した溶岩台地の規模は大きく、東側すなわち宮崎県側に向かっては幾筋もの深い水蝕渓谷が形成されている。その一つに蘇陽峡というのがある。高千穂へ向かう途中で寄ってみた。景観の上部は雲に覆われているが高い位置から覗きこむ谷は見える。阿蘇のグランドキャニオンとも呼ばれているらしいがアリゾナのキャニオンとの共通性はあまり感じられない。しかし水蝕渓谷でありながらU字渓谷になっているところは珍しい眺めである。
扇状に広がっている谷筋が集まって要になったとことが、今や九州のメジャー観光ポイントになっている高千穂峡である。外輪山の広い裾野から集めた豊富な水が、両岸の岩壁が極端に狭まった淵に滝が懸っている。「真名井の滝」といって「日本の滝百選」の一つである。高千穂の象徴である名瀑であるが、意外にも駐車場から三分も歩けば間近に見ることができて感激する。
   滝を観た後、「天岩戸神社」へ参拝した。天孫降臨の地だと教えられた「高千穂峰」からは100キロも北に離れているが、天照大神がお隠れになった「天岩戸」は高千穂峡からほど近いところにある。岩戸の遥拝も手続きを取れば可能らしいが簡単ではなさそうだ。遥拝は諦めて県道7号を北へ向かった。途中に落差37mという水量も多い立派な滝があった。「常光寺の滝」といって紅葉の名所だそうだ。
更に県道を北上すると「尾平越」という峠をトンネルで抜けて大分県に入る。県が変わっても同じ7号線であるのが面白い。緒方町で国道502号に突き当たる手前の「道の駅・原尻の滝」でランチにした。「だんご汁」という群馬でいう「おっきりこみ」がこの辺りの郷土料理だということだ。道の駅のすぐ傍に、別府湾に注ぐ大野川の支流・緒方川が川幅を拡げて小型ナイヤガラの滝になっている。「原尻の滝」といって結構見ごたえのある滝だ。
国道502号を東へ海に向かうと臼杵に出る。臼杵で「国宝・臼杵石仏」を拝観した。岩壁に彫り込まれた59体の磨崖仏が国宝に指定されている。平安とか鎌倉という時代に彫られたというのだが、磨崖仏とは思えない端正な御姿の如来像群で「さすが国宝!」と感動した。
今宵の温泉は湯布院である。臼杵から高速に乗れば30分で着く。旅を企画してくれた息子の手配で、泊まったのは「HONDA 健保組合・湯布院荘」だ。湯布院ICから高台に登った別荘地の最上部にあった。湯布院の街の中心部は見えないが西の方は見下ろしている。温泉も小ぢんまりした造りの良い目隠しのない展望露天が設えられている。お湯は源泉名「東急湯布院高原別荘地」の54℃、弱アルカリ性単純温泉だそうだ。温泉宿としても立派な施設だった。
 
周防大島温泉・大観荘

 梅雨時の旅では山を眺めたりすることを計画すると悪天候で失望することが多い。一方滝見の旅は水量も多く満足度が高い。今回の北九州の旅の最後は、湯布院から名瀑を訪ねながら門司に向かうルートを選んだ。先ず湯布院から北に向い安心院の「福貴野の滝」を訪ねた。「宇佐の三滝」と呼ばれる名瀑の一つだという。滝に対峙した高い位置に展望台があり二条になって落ちる豪快な滝を望むことができた。落差は65米だそうで、梅雨時とあって水量は多く、名瀑と賞されるだけのことはあると思った。
    次に同じく「宇佐の三滝」の一つ「西椎屋の滝」へ向かった。正面の良い位置から観ようとして山の中の間道に入り込み、廃墟と化した集落の中に迷い込んだりした。何度も切り替えしてやっとUターンをし、看板の懸った展望所に回った。駐車場の看板には「西日本一の名瀑・落差86米」とあった。
  「日本の滝100選」にも選ばれているという。100米ばかり下った所に展望台が設けられていた。しかし展望台からは滝の上部しか見えない。全貌を捕えるには更に400米を下らなければならないらしい。下るのは良いとしても戻りの登りが叶わないと思って諦めた。
 国道500号で峠を越えて宇佐の北で国道10号へ出た。500号の峠は景色の良いところらしいが梅雨空では確認できない。峠を越えたら「宇佐のマチュピチュ」と称する谷間の集落があった。本物を知らないから何とも言えないが、とてもそれらしさは感じられない。山国川に合流する辺りが有名な「青の洞門」。しばらく川沿いに下ると国道10号に出る。10号を北に向かって道脇にあった「道の駅・しんよしとみ」でランチをした。この道の駅は国指定史跡の「大ノ瀬官衛遺跡」だったらしい。奈良時代の役所の跡だということのようだ。
 国道10号を北上して「苅田北九州空港IC」から高速に乗り3泊4日の旅をした九州を後にした。明日広島で車を返すことにしているので、広島に近い山口県・周防大島温泉に予約を入れていたのだ。「山陽道・玖珂IC」で高速を降り、瀬戸内海に浮かぶ大島へ向かう。大島は橋で繋がっている。大橋を渡った袂に温泉ホテル「大観荘」はあった。
 本州と島との間の海峡は潮の流れも速く渦潮を生じるほどだ。ホテルの部屋からも露天風呂からも大橋の下を潜って潮の流れに逆らう貨物船があえいでいるのが見える。ホテルのフロントは二階で、温泉は一階にあった。浴場は「演歌風呂」と名付けられていた。この大島は歌謡界の大御所「星野哲郎」の故郷なのだそうだ。温泉の暖簾を潜ると、哲郎直筆の命名由来の碑文が掲げられている。ホテルのロビーなどではモーツアルトが流されているのだが、浴室には常に歌謡曲が流れているし「兄弟船」の歌詞も飾ってあった。温泉は特徴のない単純泉だが、露天風呂に海峡に向かって目隠しがないのが評価できる。
 

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