国際温泉評論家 山本正隆のココシカ温泉談義
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紀伊半島巡礼の旅

1日目 神宮参拝と鳥羽・浦村の温泉

 初詣に伊勢神宮へ参拝することを始めて30年以上経つ。もともと仕事上のトラブルに関する再発防止策として始めたことだが、数年前事情があってお休みしたらその年に大病をしたので再開し、今日まで続けている。ところが今年は都合で1月に行くことができず、ついに3月になってしまった。そうなると初詣とも言い難い。神宮だけでなく世界遺産になった熊野詣でなども組み合わせて紀伊半島聖地巡礼の旅に仕立てた。
 伊勢参りの折には先ず松坂市嬉野に住む従妹に挨拶をすることにしている。朝早く発って、初めて新東名開通区間の全線を走った。道路状態も良く交通量も少ないし走りやすい。三日日JCTで東名に合流するといきなり道路は混みあったが、それでも昼前に従妹の家に着いた。お互い元気なことを喜び合いながらお昼をご馳走になった。従妹の家からは高速道を30分ほどで外宮に着く。秋の遷宮に向けて造営中の新社殿と思しき千木や鰹木がまぶしく金色に輝いていた。
 内宮では駐車に40分待たされた。3月というのに日曜日だからか参拝客は非常に多い。さすがに日本一のパワースポットである。ドライブの旅をしているのだから内宮参道の途中にある猿田彦さんへもお参りしなければならない。猿田彦神社は全国の交通安全の神様の元締めだということである。
 神宮や猿田彦に参拝した後の精進落しはむろん温泉である。近年伊勢の周辺に参宮に便利な温泉が沢山出来た。いろいろな宿を試みたが、露天風呂からの景色、新鮮な海の幸、それにリーズナブルな価格が気に入って、このところ「海喜園」のリピータになっている。鳥羽・浦村の生浦湾に面した絶好の立地に建つこぢんまりした一軒宿である。宿から望む湾内には牡蠣筏がたくさん並んでいる。「浦村の牡蠣」は「的矢」に並ぶ有名ブランドだとか。渡り廊下を通っていく離れに生浦湾を望む快適な露天がある。内湯の展望風呂も24時間入れてよい。
 
2日目 70年前に大津波に襲われた漁村を訪ねてから紀州・勝浦温泉へ

 熊野詣でのためにこの日は紀州・勝浦の温泉に泊まる。伊勢から勝浦までは180キロ程だから急ぐ必要はない。朝はゆっくりと宿を発った。前夜テレビで紀勢自動車道の新区間が開通したというニュースを観た。早速その区間を通り終点の紀伊長島ICまで走った。後は国道42号をひたすら走る。
 尾鷲の手前に尾鷲湾の北側を形成するアメーバのような形の半島があり、その半島の先のほうに島勝という小さな漁港がある。島勝は従妹の旦那の実家がある処で、前日会ったときに話を聞いていた。1944年の「東南海地震」による5米を超す津波で大きな被害を受けたという。当時は戦時中で、彼は国民学校の生徒だったそうである。迫る波に足元を濡らしながら命からがら裏山に逃げた。何度か波が押し寄せたらしいが、収まって山から下りてみると平屋だった先隣りの家の屋根に漁船が乗り上げていたそうだ。実家の座敷の長押の上にはその時水が来た跡が残っているという。
 東日本大津波の後だけに、気になって島勝へ行ってみた。国道を離れて少し海に向かって走るが、トンネルを抜けると熊野灘のハワイとも称えられる風光明媚な浜があったりする。漁港は一頃鰤の大漁で景気が良かったというが、現在は寂れている。しかし標高5メートルの表示はあちこちに目立っている。さすがに過去の経験が活かされている。
 島勝には食事処がないので国道に戻り「かい鮮や」という島勝の人がやっている店でランチをした。さすがに漁港の人だけのことはある。「海鮮ちらし」の味は絶品で、しかも安い。
 新宮は街中が渋滞していたが少しの我慢で勝浦に着いた。以前「紀の松島」と呼ばれる勝浦湾の遊覧船に乗った時、湾内にある島の露天風呂に浸かって手を振っている人を見て気になっていた。その露天のある宿「ホテル中の島」に予約をいれておいた。宿は島にあるので、港からシャトル船で渡る。ホテルの建物は4つのブロックに分かれており互いにトンネルで結ばれている。件の露天風呂は「紀州潮聞の湯」と命名され、トンネルを抜けて行ったところにあった。二段になった広い岩風呂で山側には人工岩で造った洞窟もある。期待通りの絶景快湯で臨海露天としては文句なく5つ星だ。立場が変わって折しもやってきた遊覧船の乗客に手を振った。
 
3日目 瀞峡、熊野本宮そして龍神温泉へ

 熊野詣では熊野三山と呼ばれる三つの神社に詣でるのが正式とされる。しかし以前に行ったこともあるので、今回はそれらの本山と思える熊野本宮参拝に絞った。勝浦から新宮まで戻って、熊野川沿いを遡る。途中の志古という所に瀞峡めぐりのウォータージェット船発着所があった。昔の観光船はプロペラ船といって、船尾の大きなプロペラがブンブンと勇ましい音を立てて川を上って行った。水深が浅いため好くスクリューが使えないのだそうだ。現在は船尾から噴出する水を推進力とするウォータージェット船である。いずれにしろユニークな推力の船で、それに乗るだけでも観光価値がある。
 船がすぐ出るというので乗ってみた。定員50人くらいの船だが客は5人だった。瀞峡は「瀞八丁」の名とともに昔は日本の主要観光ポイントだったらしいが、今では人気も落ちて、客は昔の盛名を知っている年寄りばかりだという。しかし瀞八丁や上瀞で展開される奇岩渓谷の景観は見ごたえのあるもので、プロペラ船で行った時と変わってはいなかった。志古に戻って発着所のレストランでランチに、この地域の名物だという「目張りずし」を食した。
 熊野本宮大社の由緒は古く神代の時代からということらしい。かっては12の社殿を擁する大きな神域を構えていたというが、120年前(明治22年)の大洪水で流されてしまったそうだ。奇跡的に残った4つの社殿を高台に遷座したのが現在の本宮大社だという。高台に移ったのはうなずけるが、158段の石段を登らねばならない。肺機能の弱い者にはつらい。裏に回って身障者用の駐車場に車を入れさせてもらった。
 本宮大社では3本足の「八咫烏」がやたらと目につく。八咫烏は神武天皇ご東征の折にガイドをしたというし、下って今日では日本サッカー協会のシンボルマークにもなっている。開運とか目的達成などの霊験があらたかだという熊野本宮の守護鳥だそうだ。
 本宮を辞して熊野古道のメインルートだったという中辺路を龍神温泉に向かった。龍神温泉は今回で3度目である。最初は50年以上前の学生時代、仲良しのクラスメート数人で卒業記念のような温泉旅行だった。誰が企画したのか、何故龍神温泉だったかは覚えていないが、南部(みなべ)から峠越えの未舗装の山道を3時間バスに揺られて辿り着いた記憶がある。バスが山の端を回る度に深い谷底が目に入り怖かった。2度目は15年前で、そのときはさすがに道路は舗装されていた。泊まった宿は「下御殿」で、表の道路から石段を下って玄関に入るという変わった構えに、最初の時も同じ宿だったのだと気づいた。今回も同じ宿に泊まった。龍神温泉には紀州の殿様御用達だったという「下御殿」の他に「上御殿」という宿もある。どちらがどうということではないようだが、下御殿には露天があったのを想い出して今回も下御殿の方にしたのである。
 龍神温泉は世に知られた「美人の湯」である。三大美人の湯の一つだが、あとの二つはマイナーな温泉なので実質は日本の筆頭美人の湯である。ナトリュウム炭酸水素塩泉という透明なありふれた温泉で、pHも7.8と弱アルカリ性でしかない。それでも肌に感じる強いつるつる感はさすがに美人の湯だ。露天は15年前と同じところにあったが、石組の浴槽は多少手が加えられたようだ。手すりなども付けられていた。一番変わっていたところは混浴だからとバスタオルを巻いて湯に浸からなければならないことだ。相客がいなくても規制だから巻いてくれという。日本の浴場法では浴槽にタオルを浸けることは禁じられていると聞いていたので意外な感じがした。しかし清流に面した露天は快湯であることには変わりない。
 
4日目 高野山・吉野山 大和温泉

 龍神温泉は今や高野山観光の拠点になっているらしい。朝フロントで向こうから「今日は高野山ですか?」と問われ地図をくれた。龍神温泉から国道371を北に40キロ程上ると高野山に至る。標高1200米程もある山の尾根筋を走る道である。15年前は車の後部座席で居眠りをしていたから定かでないが、たしか「高野龍神スカイライン」という有料道路だったような気がする。
 高野山の象徴「金剛峯寺」へお参りした。前の駐車場に車を駐めて正門をくぐると巨大な伽藍が目の前に現れた。文字通り聳えた屋根の上に二つの天水桶が設えられている。建立以来たびたび落雷による火事に遭ったために設けられた防火用水だそうだ。現在の伽藍は150年前に再建されたものだという。高野山の雰囲気を保っている門前の珈琲店でお茶にした。高野山らしいメニューに「豆腐ケーキ」というのがあった。美味しかったが「豆腐」の意味は良くわからなかった。
 桜には時期が少し早いということは分かっていたが、世界遺産の霊場巡りという意味で吉野山の金峯山寺にも詣でた。高野山から橋本に下りて国道370を東に向かった。高野山から吉野山までは距離的には50キロ程で遠くはないのだが橋本までの下りはカーブも多くて意外に時間がかかった。金峯山寺の周辺も道が細く離合に時間がかかる。おまけに適当な駐車場もなかったので食堂に入り、ランチに「柿の葉寿司」を食した。柿の葉寿司は吉野の名産品らしく至る所に幟が立っている。弁当でもよく売っているがそれほど評価していなかった。しかし地元で食べると結構美味しい。入った食堂の駐車場に車を置いたまま金峯山寺にお参りした。金峯山寺は金峯山修験本宗の総本山だそうで、築400年を超す重層の巨大な本堂の蔵王堂は国宝だそうだ。なるほど迫力のある伽藍だ。
 今夜の泊まりはネットで見つけた大和郡山の温泉「奈良プラザホテル」だ。吉野山を降りてホテルに向かう途中「高松塚古墳」の標識を見つけて寄ってみた。周りは広く里山公園として整備されている。こぶしの花が咲く林もあった。肝心の塚は壁画が発見された当時にあった木々は綺麗に切られ、塚らしく丸坊主にされていた。
 大和温泉はホテルに付属している「奈良健康ランド」にある。四つの露天風呂を含めて11種のお風呂満喫というのがキャッチフレーズになっている。露天のメインは巨岩を配し、そこから滝のように豪快に湯が注がれている。地下800米から湧出する35℃のナトリュウム塩化物泉だそうだ。しかし温泉は露天と屋内の一浴槽だけであとは真水か薬湯である。長湯は好きではないのだが、11の浴槽に次々と浸かるのは面白く、トータルでは結構長湯をしたことになる。
 
5日目 一路帰宅へ

 健康ランドの温泉は朝6時にオープンする。6時を待って行ってみると既に先客がいた。朝一で湯に浸かり、その日の活力の源にしようとする人は多いとみえる。朝食後、近くのインターから名阪国道(25号)に乗って亀山から高速に入り,御在所SAで「赤福」を食して伊勢参りから始めた巡礼旅の締め括りにした。帰りも「新東名」を走り、静岡SAでランチをして横浜の自宅に帰った。
 今年は神宮初詣が遅くなってしまったことに対するお詫びの気持ちで、世界遺産になった紀州山地の霊場を巡礼した。古くからの名湯や新しい温泉にも浸かることができて、おおいに満足できた旅だった。

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